台本倉庫

「heater」なんか色々どうでも良くなった女の子。

ここがどこだかよく分からない。

あたしは案内されるままアパートの階段を上る。

駅からは10分ぐらいかなあ。
ふうん。

彼は会話というより勝手に喋っていた。あたしも内容の無い返事をする。

コンビニ行って来るよ、買い忘れ。

彼は明かりをつけ、あたしを部屋に通すと再び出て行った。
あたしは、つけていいと言われていたので石油ヒーターのスイッチを押した。

見回すと、おそらく暗くなると光るであろう海とイルカのパズルが壁に。
ベッド脇のフックにはクリーニング袋に入ったままのスーツ。
本棚は無く、雑誌やマンガや小説が危ういバランスで床に積み重なっている。
カーテンは、たまたまあるからかけた、といった感じでぶら下がり、趣味とは無縁のようだった。

あたしは今、名前も知らないような男の部屋にいる。

別段どうという事はない。

なんだかつまんなくて帰る途中に駅前の繁華街で偶然言葉を交わした男と一緒に飲みに行き

バカなウソ話でゲラゲラ笑って気がついたら終電を無くした、

それだけの事だ。

始発まで時間を潰すしかない。
とはいえ知り合って間もない男と二人、カラオケボックスに行くほどセンスは悪くないつもりだ。

男は、タクシー拾おうか?と言う代わりに、
実は俺の部屋、ここから歩いていけるんだけど、と、実に軽く言った。
あたしが頷きやすい軽さだった。

ぼっ!

ヒーターがやっと作動し、熱い風を吐き出し始めた。

あたしはさっき途中で寄ったコンビニの袋を広げた。
一番上からミックスナッツとサラミがのぞいている。
あたしも男もしたたか酔っているはずだ。なのに袋から乾き物を退けると、ビールとチューハイと焼酎がごろりと入り混じって入っていた。

こんなに飲みきれるわけ無いじゃない。

そう呟いたらすこし寂しい気持ちになった。

あたしは明日帰る。
明日の朝、この男の部屋から出る時は髪の毛一本残したくなかった。
あたしという女がこの部屋に居たことを、あたし自身も、あの男にもすぐに忘れてもらいたかった。

おそらく手付かずの缶や飲みかけの焼酎はこの部屋に置いていくことになる。
男はきっとあたしが出て行ってからも、残った酒たちを普通に飲んでしまうだろう。
それが何だか、寂しかった。
ここにいた、でももう二度と居ないだろう、という証拠が。

言い訳が欲しいの?正当な?
格好をつける為の、カッコいい言い訳。

言い訳。
あの男は、あたしが誰だろうと問題にしない。
あたしは、あの男に安心をもらわなくていい。
あの男は、あたしの事を気に入ろうが、させてくれそうな勘違い女と思っていようが、この後同じ事をする。
あたしは、ただ見栄を張っていさえすればいい。

「頭の悪い今時の若者が、欲望にかられて安易な関係を結ぶ」

嘆かわしい。そう、あたしは嘆かわしくありたいの。

男は、チャイムを鳴らさずにいきなり入ってきた。
さっきより小さいコンビニ袋を人差し指に引っ掛けている。

おお、寒寒。なあなあ、何で人って暖かいところに入ってから
寒いって言うのかな。それでさあ、これ。カップ麺。
ウチ、今何にも食いもんなくてさあ。後で食うだろ?

マジありがとお腹すくもんねでも太るねまあいいか。

あたしは自分でもつくづく内容の無い返事をしているなあ、と思った。
え?いみのあるおはなししたいの?

男は女の子のようなきれいな指をしていて、なんだか違和感を感じた。

私の隣にいったん座ろうとしてから立ち上がって、分厚いジャケットを脱いでベッドにぽいと投げた。
あたしは反射的に、それ、と言った。

え?これ?

うん、それ、着てみていい?

思ってもみない言葉があたしの口から出た。
男は、寒いの?と言いながらあたしにジャケットをよこした。

カーキ色のラムレザーのジャケット。
柔らかい手触りで、表面は冷え切っていた。
袖を通すと、男の体温が移っていた。
ふわりと暖かく、つんとした皮のにおいがする。

違う。

タバコのにおいがしない。
こんなにぶかぶかじゃなかった。
違う、これじゃない、去年あたしが羽織ったものとは。

「なによそれ。」  

あたしは袖をぶらぶらさせながら笑ってしまった。
男は、一瞬不可解そうな表情を浮かべたが、笑顔に付き合った。

なんて嘆かわしいの。
あたしがついて行った相手は、このレザージャケットだったんだ。
同じブランドで、同じ色で。

あたしが買ってあげたの。彼と別れる前に。

今はもう別れた。一年前に別れた。一年も前。
忘れたはずなんだ。
どうってことない。

ただ、

この人はあたしの知らない男で、

ごつごつした指を持つ、あの男じゃないという事に気付いただけ。

あたしは本格的に笑い出し、呼吸が苦しくなって涙が流れた。

ちゃんと泣いていなかった。
あんなに好きだったのに。
別にいいよ、あたしも、そろそろかなって思ってたから。
知ってたかもしれないけど、
あれは嘘です。

どうした?

さすがに男がいぶかしがってあたしを覗き込んだ。
あたしはまだ、しゃくりあげていたけど、飲もう、といって缶ビールを開けた。

この皮いい匂いだね、もうちょっと着てていい?

男は、そのままパクんなよ、ナンチャッテといって、バカっぽく笑った。

あたしは、ナンチャッテなんていまどき言う?
と言って、もっとバカっぽい笑い声をたてた。

絶対寒くならないように、
石油ヒーターが頑張っているので、
あたしの額にはじんわりと汗が浮かんでいた。

END

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